1/15 串田孫一展
2016年 01月 16日
あと2日??
うわぁ‥‥‥(´・ω・`)
ちがうちがう。
明日の日曜日が最終日ですよ~。
串田孫一さんの『山のパンセ』は何度も読みました。ラジオでお声を聞いた時は嬉しかったです♪
展覧会のご紹介をして頂いて、ありがとうございます。
久しぶりに子供達が幼かった日々を色々と思い出せました。
私はラジオを聞く習慣がなかったものですから
串田さんがどんな声だったのか知らず、
ちょっと残念な思いがしています。
「こどものとも」は私にも懐かしいです。
こどもたちが読んで、今は孫が読んでいますが
こんなに古くからあったなんて知ってびっくりしました。
やわらかで優し気な色遣いの素敵な原画でした。
>それにしても、昔の岳人は山にも行くけどこんな雑誌を毎月読み書きもしていたんですよね。
雑誌に発表することに価値があった、失われてしまった文化ですね。「山の本」って季刊の雑誌はありますが。
うちの会でも会報の冊子を廃止してネットに移行しようという意見もあります。紙媒体が好きなものとしてはさみしい気がします。
お知らせありがたかったです。
ありがとうございました。
つい最近までは、山歩きも紙媒体を通してやっていたので
自分の中でいろいろな想いを温める時間があったような気がするのですが
いまや、ネットできょうの山情報を検索して明日行くなんて時代。
「想いを温める」なんて時間は夢のまた夢かもしれませんね。
なんだかなぁ ですが。
「山の本」、私は創刊号からの読者でしたが最近はちょっとご無沙汰(^^;
はけは大岡昇平が1950年(昭和25年)に発表した小説『武蔵野夫人』で有名になりましたね。ご自宅もはけ沿いにありましたし。
今もあるのかしら。
絵を描く人でもあったことを、今回、初めて知りました。
ありがとうございます。
調べてみたら、串田和美は息子なんですね…
串田孫一!私にとっては再発見ばかりです。
今後、要チェック。楽しみが増えました(^o^)/
たぶん、Mr.amanojakusanは『アルプ』を読み
ニッカ―姿で山々を歩かれていたんだろうなと思っていました。
私の持っているこの『山の画本』や『アルプ』は、
かつての山仲間から私の転勤のお餞別?としてもらったものなので
大事にしています。
展覧会場にも、何冊か読めるよう並べられていたので
ちょっと読みふけってしまったのですが(^^ゞ
音楽にも造詣が深くて、
ながいことFMラジオで音楽番組のパーソナリティーを務めていたようです。
年譜によれば、50歳でアイリッシュハープを始めています。
エリートの家庭に育ったとはいえ、
昔の人は、教養とはこのことかというような方が多いなあと思います。
串田和美が息子だったとは、私も今回初めて知りました。
「串田」っていう姓はちょっと珍しい?ので
なにか関係あるのかなぁなんては思っていたのですが。
パンフレットもご紹介くださって嬉しいです、ありがとうございます。
「はけ」でちょっと思い当たるのは、当地では崖になった底のほうを「バッケ」と呼ぶのです。アイヌの言葉からきていると教えていただきましたが、関連があるような気がしました。
>文章も絵も洒脱で。
そうそう「洒脱」という言葉がぴったりですね。
私も今回ちょっと調べてみましたらアイヌの言葉から来ているという「バッケ」が
九州地方でも使われているという方の文章を見かけました。
アイヌの言葉がどんなふうに九州まで伝わって行ったのかとても興味深いです。