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中欧の旅⑪プラハ その1(旅の最終地)


旅の最終地は、チェコのプラハでした。
街の中心を流れるブルタヴァ川(モルダウ川)を挟んで
西側の小高い丘にはプラハ城がそびえています。

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<ブルタヴァ川越しにプラハ城を見る@カレル橋際>

プラハ最古(1402)の石橋カレル橋を渡った対岸からは
黒々とした聖ヴィート大聖堂を囲むように連なるプラハ城の長い城壁(いくつもの建物)が見えました。




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6月1日(金)旅の最終日。
プラハの街歩きは、あの丘の上から始まりました。

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<聖ヴィート大聖堂>

プラハ城は城壁で囲まれた細長い敷地に、教会や王宮や修道院や
錬金術師たちが住んでいたという小さな家の並ぶ小路(黄金小路)まであって
一つの小さな街のようになっているのでした。

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<聖ヴィート大聖堂内部>


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朝陽がステンドグラスを通して聖堂内に描き出すやわらかなグラデーションが
息を呑むほどに美しくてしばし見とれてしまいました。

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<ミュシャのステンドグラス@聖ヴィート大聖堂>

もちろん、反対側にあるミュシャのステンドグラスも評判通り見応えのある作品でしたが。

王宮では、ヴラディスラフ・ホール(馬術競技なども行われたという大広間)などを見学し、
イジー教会へ。

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<聖イジー教会>

教会に入るなり目を奪われた木造の天井。
1142年の火災で焼失後再建されたとのことなので、800年ほどは経っているのでしょうか。
音響がいいのでコンサートホールとしても使われているそうです。
こんなところで歌ったらさぞかし気持ちいいでしょうねぇ。

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<黄金の小路>

カラフルな小さい家が立ち並ぶ、錬金術師たちが住んでいたという界隈へやって来ました。
かつてカフカが住んでいたという青色に塗られた可愛らしい家もありましたよ。
午前10時ころですが影がくっきり、朝から暑いです。


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<百塔の街と言われるプラハ>

歩いている時には「黄金の小路」がまだ城内だとは思ってもいなかったのですが、
地図を見ると確かにそこはまだプラハ城の内側なのでした。
これから丘を下りてあのカレル橋を渡り旧市街を訪ねます。



★写真はクリックで拡大します。
★中欧の旅⑫プラハ その2(最終回) へ続きます。






by pallet-sorairo | 2018-06-30 09:27 | | Comments(12)
Commented by daikatoti at 2018-06-30 09:36
あー、行きました此処も。お城の方は記憶がそんなになくて、橋の上に小学生の社会見学の団体みたいな子供達がたくさんいて、カモメがいっぱいいました。冬だったのでね、
水路に白鳥もいたような。

お城はたくさんみたのでどれがどれだったかわからなくなります。
あの唐草模様のだけは特徴があったので覚えてました。

梅雨明けしちゃったんですね。綺麗な空で羨ましいな。
Commented by pallet-sorairo at 2018-06-30 10:22
☆totiさん
そう、私もここのお城の中はあんまり記憶になくて
実は馬術競技をしたという大広間しか思い出せません(^^;
例の唐草模様はこの旅で私も一番印象に残っているところです。

西の方をすっ飛ばして梅雨明けですって。
なんだか作物の育ち方など心配になりますが。
西日本は天気大荒れの予報が出ているようですね。
どうかお気をつけて。
Commented by PochiPochi-2-s at 2018-06-30 11:26
懐かしい景色。
このお城の中を歩いていた時、小説の中で出てくる、お城まで
通じている秘密の地下道のことを考えていました。
いまでも本当にあるのだろうか、小説の中だけの話だろうかと。
プラハの春を経験した人たちがまだこの街にたくさんいるの
だろうなぁと思いながら歩いていたものです。カレル橋の上を
歩いていた時も同じ思いをしていました。
いろんなことを考えさせられる街でした。
小説の持つ影響力って強いですね。
もう一度ゆっくりと訪れたいですね。
Commented by koruko-yuki at 2018-06-30 13:22
palletさん、もう個人旅行をする時間があるようになったでしょう?
今度はぜひ。

それでね、私は日曜には教会に潜りこむことにしています。
日々のお勤めの時も許してもらえれば。
そうすると素晴らしい音楽を聴けるの。
時々上目遣いに天井やバラ窓や建物の細部に目をやりながら。
音楽も美術も法悦のためにあるとつくづく実感する至福の時間です。

Commented by pallet-sorairo at 2018-06-30 21:46
☆PochiPochiさん
私も秘密の地下道のことは気になりました。
地下道入口のある花屋さんはどの辺りだったんだろうとか。
「プラハの春」はずいぶん昔のことのように思っていましたが
自分たちと同じ時代を生きた人たちが体験したことなんですよね。
その場を訪ねることで、よそ事だと思っていたことが生き生きと
立ち上がって来るのが旅の醍醐味なんだろうなと思ったりしています。
Commented by pallet-sorairo at 2018-06-30 21:54
☆ゆきさん
とっくに時間はたっぷりあるヒトですが
個人旅行をするだけの技量がありません(^^ゞ
ゆきさんが日曜日のノートルダム寺院に潜り込んだ時のこと
聞いたことがありますよ。
今回ブダペストのところで、
温泉に入ったというコメントいただいたけど
日本人旅行者でブダペストの温泉に入った人も
そうはいないんじゃないかなぁなんて思いました。
ゆきさんのようなユニークな旅はなかなかできないと思うので
これからもたぶんツアーで行くことになりそうです。
Commented by fusk-en25 at 2018-07-01 09:21

あっ蚊取り線香。。
売っています。フランスにも。
ただし精度が悪くて綺麗に2つに剥がれないのですが。。笑。

プラハには2回行きました。
まだ東側と呼ばれていた83年と体制が変わってからの98年に。
住んでいる人は東の時代は大変だったでしょうけど。
旅行者としては83年のおっとりした時代の方が素朴でよかったなあ。。
と勝手なことを思ったり。。
ただし98年になるとビヤホールがたくさんできていて。
ビールを飲む楽しみは増えましたが。。笑。
Commented at 2018-07-01 09:25
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 本所傘屋 at 2018-07-01 15:01 x
ミュシャのステンドグラス 思い出しました。
すっかり忘れていました。意外に空いていてゆっくり見ることが出来た記憶があります。
プラハはもう一度行きたい街の一つになりました。
Commented by pallet-sorairo at 2018-07-01 16:55
☆fuskさん
ロゴ画像の蚊取り線香、気づいてくださってありがとう。
ちょっと面白いかなと思ってちくちくしてみました(^^ゞ
フランス人も使う?それとも日本人向けに売ってるんでしょうか?
東の時代のプラハ、どんな雰囲気だったのだろうと思います。
今でも何となくどこかにその時代の雰囲気が残っている気がしましたが、
暮らしている人々が入れ替わったわけじゃないのだから
当然と言えば当然なんですよね。
ランチは、素敵なビアホールで食べました。
本場チェコビール、美味しかったです。
Commented by pallet-sorairo at 2018-07-01 16:56
☆鍵コメさん
ご丁寧にすみません。
プラハの街はそれなりに落ち着いたんではないかと
感じます。
Commented by pallet-sorairo at 2018-07-01 16:59
☆本所傘屋さん
ミュシャのステンドグラス、すてきでしたね。
私たちも、ほぼ朝一番で入ったので他人の頭越しと言うこともなく
ちゃんと見えました。
どんどん混雑してきましたが(^^ゞ
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