思い出アルバム / はじめての雲取山1969 & さよなら奥多摩小屋2019


という訳で、思い出アルバムです。

標高2017mと同じ2017年、雲取山へ山友たちと登り
その時のレポに「雲取山はたぶん3度目」と書きました
ほんとは、もう一度行っていたような気がしていたのですが
どこの小屋にも泊まった覚えがないのでいまいち自信がなかったのです。

が!
先日、義母の住む旧宅に行った折りに古いアルバムをめくっていたら
こんなものが出てきました。
1969年(昭和44年)、学生時代のクラスの有志で出かけた「雲取山山行」の予定表、
友が作ったガリ版刷りのプリントも古いですが挟んであるモミジの葉っぱも古いです!
で、これで、この時が一回目だったのが判明!
2017年の雲取山は4回目だったと言うことなのでした。


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(写真はクリックで拡大します。)

予定表と切符にある「氷川駅」は今の奥多摩駅のはず。
そこで「仮眠」となっているのは、たぶん最終電車で行って
翌朝始発バスで山へ入ったと言うことだったと思います。
たまたまこのアルバムを一緒に見ていた息子に「仮眠ってどうしたの?」と問われましたが…
今では信じられないけれど、この頃は駅前の広場のような場所で
シュラフも何もなく体育座りのような格好でみんなで固まって
うつらうつらしていたんではなかったかしら。
この時は、そうして、一日で雲取山を登って下りてしまったようです。

いやはや、若いって凄いですね。
でも、バテバテだったの覚えています(^^ゞ

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そして…50年後の2019年。
あと一週間、この3月31日で奥多摩小屋(昭和34年開設)が閉じられるとのニュース

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<奥多摩小屋2017>

小屋前のテン場もトイレも閉鎖されるとか。
鴨沢から雲取山への中継地として貴重な存在であったので、
何かと不便になるのではないかと思われ残念です。

時系列から言えば1969年のこの山行時、
私は開設10年目のまだ新しいあの小屋を見ているはずなのに当然ながら記憶がないのです。
2度目の雲取山山行の時(たぶん30年ほど前)には
中に入ってみたことをはっきり覚えているのですが…
これもちょっと残念な私です。


もしかしたら昨日から今日の土日は別れを惜しむ山やさんたちで
テン場も大混みだったのではないかと思っています。
きょうはいいお天気で、みなさんさぞ気持ち良い朝を迎えられたことでしょう。
奥多摩小屋、長い間ありがとう。



Commented by PochiPochi-2-s at 2019-03-24 10:21
うふふ。懐かしいアルバム!
あの頃このアルバムを使っていましたね。
私もほとんどの写真がこのくっつく(?)アルバムで今更はがすこと
ができないほどぴったりくっついています。

息子さんにされた仮眠の説明に、そうだわぁ〜って。
あの頃、早朝とても早くまだバスの始発の前に最寄りの駅に着いた
時、よくこんな格好で仮眠をしたり、話し込んだり…。懐かしいなぁ
と思い出していました。昔のの長野駅の場合が多かったです。
同じ頃に山に登っていたのですね♪

山小屋も時代の変遷の影響をもろに受けているのかなあ。
今高校で登山部の人気、復活らしいですね。
信じられないことです。学校側は事故発生を恐れて躊躇している
らしいですが……。
Commented by fusk-en25 at 2019-03-24 11:19
ガリ版って言葉も懐かしいですが。。
謄写版の原紙を切っていたのを思い出し。
母が幼稚園で廃棄処分をされた謄写版用具一式を持って帰って来て。。
私がそれを使って文集みたいなのを作っていたのだったか?
まだコピー機もなかった時代でしたか?
Commented by tukinobo at 2019-03-24 15:45
わーお。

まじまじと読みました、
1969年、すごおおい。
50年前だぁ。

もみじがちゃんと残ってるし、笑。

手描きの線路やバスの移動線
丁寧で簡潔で分かりやすいね。

紙から楽しさが伝わってきます。
Commented by pallet-sorairo at 2019-03-24 19:35
☆PochiPochiさん
すっかり忘れていたものたちが続々出て来て(^^ゞ
懐かしいですよねこんなアルバム。
奥多摩小屋はもともと素泊まり小屋なのです。
最近はテン泊の人たちが多いので、老朽化した小屋を再建しても
利用者が見込めないのではないかしら。
雲取山は山頂に立派な避難小屋と営業小屋がありますし。
Commented by pallet-sorairo at 2019-03-24 19:38
☆fuskさん
我が家の子どもたちはガリ版(謄写版)を知りませんでした(^^ゞ
今のようなコピー機が出て来たのは少なくとも10年以上後かと思います。
ガリ版で作った文集、懐かしいです(^^ゞ
Commented by pallet-sorairo at 2019-03-24 19:43
☆yakoさん
私もね、このモミジにはびっくりしました!
萩原朔太郎の詩なんかも書いちゃってたりして、
こういうの作るの得意なヒトいたんですよね、
いやはや、青春ですね(^^ゞ
Commented by echalotelele at 2019-03-24 22:15
むっふふ、とてもいい思い出の記録が出てきましたね♪
厚みのある切符も懐かしい!
69年といえば、私は人生初山行きで東京の御岳山に登った年だったと思います。3,4歳のとき。笑
雲取は、パレットさんと同じく3回、学生の時とその後に登りました。
あ~、奥多摩小屋が閉鎖されてしまうのですか…
残念ですね…(;_;)/~~~ この週末はきっと混んでいたでしょうね。
私の学生時代も、まだガリ版にわら半紙でプリントを作っていましたよ。ほんとに懐かしい!!

Commented by pallet-sorairo at 2019-03-24 22:52
☆echalotelleさん
紛らわしくてごめんなさい。
これが出て来たんで雲取山へは4回行っていたことが判明したので
本文に書き加えました。
3回目は今の山のパートナーゆきさんとの記念すべき第1回山行なんですよ。
この時は三峰口から登って、鴨沢に下りましたが。
echalotelleさんもガリ版使いましたか(^^ゞ
Commented by cyu2 at 2019-03-25 14:40 x
うわぁ、これはまた素敵なものが!
このタイプのアルバム、懐かしい~うちにもあります。
貴重なものが残っているのはpalletさんが物を大切にされているからでしょうね。

奥多摩小屋、先日中を拝見しましたが相当な状態でした。
雨漏りして床が崩れていたり、天井の一部がなかったり、
ちょっと大きな地震か台風でも来たら建物ごと崩壊しそうな感じを受けました。
なにより悲しいのが、登山者が放置して行ったらしきごみがあちこちに・・・
管理側もやる気がないのか、割れ窓理論的な感じ。
悲しかったです。

Commented by pallet-sorairo at 2019-03-25 21:42
☆cyu2さん
アルバムって、どこのお家でも残っていそうなので
特に私がものを大切にしてるってわけでもないかもです。
ただ、このプリントだの切符だのをわざわざスクラップしてたっていうのは、
印象深かった山行を物語ってるかもしれませんね(^^ゞ
よくよく見たら二次会、新宿どん底でした(^^;
奥多摩小屋、そんな風だったんですね。
でも、私が覗いた30年程前もなにかうら寂しかったような印象が残っているんです。
残念ですね。
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by pallet-sorairo | 2019-03-24 08:55 | 山歩きアーカイブ | Comments(10)

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